はじめに

この記事は コミュニケーション Advent Calendar 2017 の記事です。
外部からこの記事をご覧いただいている方は初めまして、IT企業のAI・ロボットチームでUXデザイナーを名乗っておりますesoraと申します。

コミュニケーションが生まれるきっかけ

デザイナーとしてお勤めの方もデザイナーを目指している方も「作ったものを見てほしい、人々に届けたい」という想いが発端にあって今も作り続けているのではないでしょうか。
そして実際に作ってみて、人の手に届けるまで、その道のりは険しいと実感されている方もきっと少なくはありません。

わたしは作品やサービス、プロダクトそのものを「もの」という言葉に置き換えた時、作ったものが実際に人々の手に届くまで、ざっくり以下のような流れになると考えています。

流れの中には、ものを受け取る側面だけを見ていた時には見えていなかった視点を切り替えるポイントがいくつかあると考えており、
このポイント同士を繋げる時に必要な技術が、「コミュニケーションのデザイン」であると私は捉えています。

ここからは、わたしの人生の中で実際に経験した出来事を例に「コミュニケーションデザインのめざめ」についてお話しさせていただきます。

1.はじまりは失敗から

1-1.卒業制作展上映会での映写事故

今でも忘れられない出来事のひとつです。
わたしは学部生当時に映画を専攻していたのですが、卒業制作展の上映会で、事前に映写テストを行ったにも関わらず、本番ではテスト通りの映写をしてもらえませんでした。
外部の映写技師の方に依頼して上映が行われていたのですが、字幕が途切れてしまうアスペクト比とサイズで私たちの作品は上映されてしまっており、
映写技師の方のところへ向かって、テストの通りの設定に直してくださいと頼んだところ
「そもそも学校側で作品全ての書き出し形式を統一して持ってこなかった方が悪い」と言い返されてしまいました。
さらに作品の山場で何度も映写の設定を切り替えられ、耐えられず「やめてください」と止めました。

学生当時、映画館で映写技師のアルバイトをしていたわたしにとって、それはとても納得のいかない対応でした。
作品に合わせて映写の環境をセッティングすることが映写技師の責務であるだと思っていたからです。

上映が終了したタイミングで、私たちは舞台の上から観客席に向かって、上映中に比率が何度も切り替わるという見苦しい点があったことについて謝罪しました。
足を運んでくれたお客様にも、制作協力してくれた人たちにも申し訳ない気持ちになりました。

  • 設定を統一しなかった私たちが本当に悪いのか?
  • では外部の技師の人を呼んだ意味はあるのか?
  • 単純に、私たち学生の作品に神経を使う必要はないと舐められてしまったのか?

とにかくあの時は悔しくてたまらなかったことを覚えています。
そしてこの行き場の無い悔しさが、作品に込めた私自身の想いを改めて実感させてくれたのです。

2.失敗を俯瞰する

2-1.ギャラリー上映会での映写事故

大学卒業後は個人でアニメーションを制作するようになり、様々な上映会やイベントに参加していました。
そんな中で、とあるギャラリーの上映会企画で問題が発生しました。
集めた作品を一本の映像データに繋げて上映されたのですが、一本化したことによってアスペクト比の歪みやフレームレート変更によるコマ落ち、色飛び、字幕切れなど、様々な面で作品として成立できなかった作品がいくつかあったのです。
自分の作品が台無しになった姿を見て、参加者の映像作家の方々はその場で怒りを露わにしていました。
作品を管理していたギャラリーのプロデューサーの方は、映像作品管理の知識が乏しい状態で正直に言うと映像というジャンルを甘く見ていた、と謝罪されました。
しかしすでに上映されてしまった以上、作家陣にとってこの上映会は失敗したと捉えられても仕方のない事態でした。

実際、編集した映像が1本のデータとして繋がりさえすれば良いと考える人もいます。
作品の比率が狂ったり一部がカットされたりするだけでも、作家にとっては大打撃という理解はあまり広まっていません。
たかが少し画が欠けただけ、たかが比率が変わっただけ…と思われたとしても、作家は傷ついています。
わたしも過去に同じ経験をしていたので、怒る作家さん達の想いが良く分かりました。

しかし、作家側もデータを投げっぱなしだったという事実もあります。作品によって映像のレギュレーションがそれぞれ違うことなど、指導・管理できる人間が近くにいなかったことも失敗に繋がった原因の1つに変わりありません。

この失敗について、卒展の上映会の時と状況が近いのでは?とわたしは考えました。
そして、同じ失敗を繰り返さないためにも、次からはわたしも作品の管理と編集を手伝いたいと運営側に提案し、
しばらくの間このギャラリーの映像作品の管理・編集者という立場を担うことになりました。

その後ギャラリーを通して何度か映像作品を取り纏める機会をいただきましたが、作品の品質を一切損なうことなく1つのデータに繋げる作業はなかなか一筋縄ではいきません。
予め作品の元データを収集する際に一定のレギュレーションを設けることにし、作品のフレームレートや書き出しの設定など、できるだけ細かい情報を作家本人から提供してもらうという方針を取るようになりました。
自分のパソコンで再生できれば何とかなる位の認識で、形式を聞かれても答えられないという方も何人かいらっしゃるという作家間の認識の温度差も次第に見えてくるようになりました。
締切をオーバーしたり、連絡が取れなくなってしまう方の対応も勿論発生しましたが、結果的に作家さんとのコミュニケーションも発生するようになり、作家側からデータを送りっぱなしになってしまう状況は少しですが緩和されるようになりました。
今ではわたしの手を離れて、その時に出来たレギュレーションを元に、他の方が作品の取り纏め作業を行なっています。

2-2.デジタルサイネージでの映写事故

プロジェクションマッピングやデジタルサイネージが積極的に商業施設に取り入れられる時代になり、わたしも映画館での上映に留まらない映像制作に興味を持つようになりました。
そこでとあるデジタルサイネージの映像コンペに応募し、入賞したという連絡をいただいたので授賞式に参加しました。
授賞式では実際に入賞した映像作品が放映されたのですが、コマのカクつき・遅延が発生した作品がいくつかあり、わたしの作品も音楽だけが先に終わってしまい映像がスローで流れるという不具合が発生しました。

授賞式が終わり運営の方に声をかけてみたところすぐに謝罪され、ローカル環境で作品を審査した時には何も問題が起こらなかったが、実際にネットワークを通してサイネージに放映したところ問題が発生するようになって、原因はまだ判明していないという説明を受けました。
そこでわたしは初めて、デジタルサイネージがどのような仕組みで動いているのかを知ることとなりました。
上映される環境のことも詳しく知らないままコンペに参加していたことになります。
また似たような失敗をしてしまったのだなと反省し、授賞式が終わった後も何度か運営の方と作品の書き出し修正したデータをやり取りして、無事に問題ない形で放映できる形式にたどり着くことが出来ました。

過去に上映の失敗を経験していなければ、ただ憤怒して終わっていたことかもしれません。ただ、原因が何なのかはっきり分かっていないことを正直に打ち明けて下さった運営の方の意思があったからこそ、一緒に模索することができたのだと考えています。

ギャラリーでの上映会もそうですが、機会がなければ、私たち作家は個人で作品をより多くの人々の手に届けることは困難です。
だからこそ、誰かの作品を人々に届けることに熱意をもって取り組んでいる人たちがいます。
もの(作品)を扱ってくれる人たちの存在があるからこそ、わたしはこの場にいられるのだという実感は徐々に強くなっていきました。

3.コミュニケーションの溝を知る

3-1.自分で企画・運営する

制作ばかりしていた時には見えてこなかった企画・運営側の苦悩が見えてくることにより、わたしは作家という立場であっても上映環境についてもっと考えなければと思うようになっていました。
そこで上映環境をテーマとした研究を改めて入学した大学院で始め、インタラクティブな映像作品を日常に自然な形で取り入れるためにはどのような視点から作家は取り組むべきか考え光学式センサーを使った装置を制作してみたり、既存の映画館という上映環境を活用して上映イベントを主催することで作家さんとお客様と一緒に上映会を作り上げるという取り組みを行いました。

前者の研究は、作品のインタラクティブ性について「それは本当にお客さんがやってくれること前提なの?」という疑問から生まれたものです。「まずアプリをインストールしてください」「ここに立ってください」「ここで手を挙げてください」という制約の中でないと成立できない作品に対し、もったいないと常に感じていました。このことから、人々が生活の中で特に誰からも強いられることもなく、衣食住の生活の中で自然と行う動きをスイッチにして作品を連動させることができないだろうかという課題を持ち、作品とセットで上映環境を提案するという研究制作を行いました。
インタラクティブな装置についてはすでに世間で開発されているよねという突っ込みはエンジニアの方々から度々受けましたが、わたしの研究は装置の新規性の提案ではなく、作家自身が映像作品とセットで既存の装置だけに頼らず上映環境を考えるということに意味がありました。(この意図を伝えるのはなかなか結構困難でした)

後者の研究は、自分が主催として上映・展示イベントを企画運営するというフィールドワークでした。これまで映像作品の発表を通して自分が失敗した経験の下積みがあって、初めて挑戦しようと思える取り組みでした。
自分の想いを知り、同じように作っている人たちの想いを知り、ものを扱っている人の想いを知り、それを人に伝えることで、ようやくものが人に届けられるプラットフォームが完成します。
そしてこの流れは何度も繰り返して固めなければ十分なプラットフォームとして確立できないからこそ、何度も立ち返って視点を切り替えることが大切です。同時に、わたしが居なければ成立できないものは、まだまだプラットフォームとして不十分な状態であると考えられます。
視点を切り替えた取り組み、つまりコミュニケーションをデザインし続けることによって、最終的にはプラットフォームが誕生するのだということに、研究を通してこの時気づいたのです。

3-2.作家を守る

初心に立ち返ってみれば、わたしの失敗のもやもやは「私たちを、作品を大切にしてもらえなかった」という悔しさがきっかけです。
このことから、例え作家という立場が変わっても「作っている人々の想いを守る」気持ちは忘れてはならないと念頭に置いています。
僅かでも想いを踏みにじる行為を見かければ率直に指摘しますし、何を第一に守りたいかという心掛けは忘れてはならないと思うのです。
そしてこの心掛けは何かに行き詰った時に、自分が埋めたかった溝は何だったのかを思い出させてくれます。

4.おわりに

「コミュニケーションデザインのめざめ」について、自分の体験をもとに書かせていただきました。
ここまで読んで下さった方、奇特な方ですね。
本文を通して、コミュニケーションデザイン(或いはUXデザイン)という領域について少しでも興味を持っていただいた方がいらっしゃれば幸いです。
ありがとうございました。

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